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私はここにいる。私はここに存在する。 存在の意味など……不必要だ。 ここにいればいい。ここにいれば……いい。(大嘘なんだけどね)

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母を選んだのは当然だろうか!
2007.05.20

4月の最初の会話の授業で 大黒先生が4月25日に会話の小テストがあると 教えてくれた。そして話題を出して わたちたちに3週間の準備の時間をくれた。その話題は なんと 「究極の選択」という。もし あなたの母と配偶者と子供が 海に下ろした。三人ども泳げない。あなたは一人しか助けないとしたら あなたはだれを助けるか。簡単な選択だ わたしにとってね。もちろん母だよ。迷わずに母を選んだ。クラスのみんなも ほとんど母を選んだ。でも 理由はちゃんと考えないと。先生を納得できるような理由を。で わたしは4月24日の夜に 発表の内容を書き始めた。遅かったね =_= だって 3分くらいの発表時間だもん そんな多くの理由なんて 難しいもん。でもね 書き始めたら なかなかとまらなくなちゃた。ついに たくさん書いた。25日の朝は下書きを整理し 読んでみたんだけど 「それは3分以内で終われるか!」って 思ってしまった。まぁ 速く読めば 3分でちょうどだ。以下は私の発表の内容だ。

 私の場合なら 母を助けます。では まず配偶者を助けない理由から説明します。私は独身主義なので 愛情を求めていません。もともと他人ですから わざわざ他人のために 血が繋がっている人を諦めるわけにはいかないと思います。配偶者は自分の愛している人に限っていません。もし 配偶者が私の一番愛している人なら なおさら助けません。私は愛を望めば 世界でたった一つだけの愛を望みます。私は相手を大事にしてあげても 相手はそうじゃないかもしれません。気持ちが変わる可能性がないとは言い切れません。でも 配偶者が死んだら 心が変わることはありえません。どっちから見ても 配偶者の結果は死ぬしかありません。配偶者は哀れなひとですね。

 次は子供のことですが それはたぶん最初から諦めるものです。なぜならば 子供は自分から生まれたものです。自分さえ生きていれば 子供がほしいならいつでも生めます。義理の子供を引き取って育てるもありえない話しではないでよう。そして たとえ子供を助けたとしても 父がいなくなるということは 子供にとって残酷なことではありませんか。家族が不完全なものになります。それは子供の繊細な心にとって堪えられる重さでしょうか。

 母は配偶者や子供と違って この世で唯一の存在です。母は私という存在の全ての源です。母がいるからこそ 私はここにいます。私は母の一部です。母は私を産むためにどれほどの痛みを堪えたのか 私を育てるためにどれほどの苦労をしたのか そんなことを思うと 今の自分がなんという罪深いものなのかと おもってしまいます。私はほんの一刻でも 母を幸せにさせたことはあるのでようか。私は一度でも 母のために何かをしたことはあるのでしょうか。もし母を捨てたなら 私は絶対後悔し 自分の大切なものを失ったように痛く苦しくなるでしょう。母は私にとって掛け替えのない存在です。私はどうしても諦めたくありません。だから 私は母を助けます。

 以上のことは 全部私の本音じゃないよ。配偶者に対しての「あなたが死ねばわたしを裏切らない だから死ね!」みたいな考えは嘘よ。私はそんなに怖い人間じゃないから >*<

 そうそう 来週はね まだ会話のテストがあるんだよ。今回の選択は見合いの相手= = 選択肢はーー(1)ハゲ 髪ぜんぜんない (2)ビンポ お金ぜんぜんない (3)チビ 自分よりずっと低い  
 あのう 先生 こんな話題しかだせないのか…… でも これはちょっと困ったね。まぁ いろいろ考えて もう決めた。学校に帰ったら草稿を書くよ。
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